asagao’s blog

日記と雑記、読書メモは個人的感想でネタバレ含みます。

モンテ・クリスト伯 読書メモ21

イタリアなまりの司祭。

白いベストを着たイギリス紳士。

ダンテスの変装が面白い、興味深い。
私の頭のなかには、はっきりと彼の顔に差す窓からの日差しまで見える。そのくらい文に力がある。
山内義雄訳は至高だ。

そんなダンテスの変装を見破る者は誰一人いない。
検察官も、かつて牢獄で出会った男が目の前に立っていることに全く気づかない。
先入観というものは、とかく人の目を曇らせる。思い込みで物事に対処することは、実はとても危険な事なのだ。
様々な事件で、見た目に騙されるというのはよくある話だ。
「まさか、こんな姿の人が悪いことをしないだろう。」と思っていたら詐欺師だったなど。
つまり、人は騙されやすい生き物だ。
見た目は、とくに利用されやすい。
その原因は先入観だ。注意しよう。



ダンテスは刑務検察官の記録を調べ、ファリア司祭の推理の正しさを確認し、その証拠品を手に入れた。

次々と情報と事実の裏書きとなる証拠品を揃えて行く。

綿密に、微細にわたって。


何か事を起こすにあたって情報は重要だ。

とにかく、正確で客観的な事実、感情を交えない事実を、ダンテスは自らの足と目で一つずつ集めている。

日々の計画にも通じる事だ。

何か目標を定め、それを達成せんとするならば、
集められた正確な「情報」冷静沈着な「分析」、慎重綿密な「計画」、そして時をとらえた迅速な「実行」が必要だ。

正確な情報と分析こそ、すべての土台だ。


さて、モレル氏の苦境にイギリス紳士は率直に迫る。

支払いが出来るのか出来ないのか。
モレル氏の緊張が伝わってくる。

デュマは大衆作家だ、本当に大衆の心の動きを把握している。

まず、先の章で述べていた一言。
「商人と、盗人の神はかつて同じ」だったというくだり。商人は利益を取る、盗人は物を取る。
そういう意味で崇める神が同じだったと揶揄しているのだろうと思った。ちょっと興味深い。

そして、この章。

モレル氏が度重なる災難により、いましも破産の時を迎えようとしている時に、ダンテスであるイギリス紳士に、支払いが出来るのかと詰め寄られ、苦しい胸の内を吐露する。

この言葉は、忘れられない。

「商売道には、友だちなぞはいないのです。これはご存じのことと思いますが。あるのはただ取引先だけというわけです。」※1

デュマもはっきりとそれは認識している。
人の心の冷酷さ。

「信用は本来利己的なもの」※2

自分にとって利益無し、そう気づくやいなや、潮の引くように人々は去ってゆく。

孤立無援のモレル氏。
あれほど尊敬をあつめ、人に善意ある行いをしてきた人間を守るものがいないとは!


これが、実はこの社会の現実なのだ。

恩を感じ、恩に報いるもの。

この物語のなかでは、ダンテスただ一人。
ダンテスを、自らの不利になることを顧みず助けようとしたのもモレル氏ただ一人。

人間らしく生きる事はなんと難しいのだろうか。

人間らしく生きる人はかくも少ないのだろうか。


強くなければ、人間らしく生きる事は出来ない。
人間らしく生きるには、隘路を行かねばならない。

その覚悟が必要だ。

※1,2アレクサンドル・デュマ作、山内義雄訳、モンテ・クリスト伯二、岩波書店