asagao’s blog

asagaoの観察日記。

モンテ・クリスト伯 読書メモ34

f:id:kazbot:20160328205931j:plain

ヴィルフォールモンテ・クリスト伯


穏やかな言葉遣いとは裏腹に、
火花を散らす男の舌戦。

この場面はかなり面白い。

モンテ・クリスト伯の宣戦布告は、かなり直接的だ。

ヴィルフォールは内心仰天しながらも、虚勢をはる。

まず最初に、妻と子供の命を救われた礼を述べるヴィルフォール
それに対してモンテ・クリスト伯は子を思う母の気持ちを考えれば、子を救う事の意義は計り知れないとし、礼などどうでもいい、自分の満足の方が価値があると答える。


これは、暗にダンテスを救う事で、子を思う父を救えたと皮肉っているのではないだろうか。この一文を読んで、私はそう感じた。


この後数ページに渡り、長い台詞の応酬が続く。

復讐についての言葉も心にくるものがある。

ホラチウスの「報いはびっこだ。」という意味の格言。

「報いは遅くても必ずやって来る。」

揺るぎ無い復讐の決意もここに秘められている。

そして、「単純こそは、常にもっとも完成したところのもの 」※1

この台詞も面白い。優れた人間ほど単純に、明快に物事を捉え、伝える事が出来る。
愚かな人間ほど、単純な事を複雑にして、分かりにくくする。


ヴィルフォールが、モンテ・クリスト伯を暇人と馬鹿にすれば、モンテ・クリスト伯はお前の仕事に意味があるのかと答える。

これが、礼儀正しい言葉で語られるのが面白い。

傲慢さと虚勢を隠すことなくさらけ出すヴィルフォールに、時に辛辣に、決して揺らぐことの無い信念と執念で返すモンテ・クリスト伯

最後に神の摂理を行う者だと、モンテ・クリスト伯が宣言すれば、ヴィルフォールは思い上がるな、やってみろと答える。

モンテ・クリスト伯は霊魂を失ってもと答えた。


ヴィルフォールを送り出したあと、モンテ・クリスト伯は彼を「毒素」だと呼び一息ついた。
まったくもって、こういった「毒素」と呼ぶに相応しい人間はどこにでもいる。
そんな人間にはなりたくないと常々思う。


さて、これで復讐の標的3人との面識ができた。

誰もダンテスとは気づいていないが。

3巻読了。

※1アレクサンドル・デュマ作、山内義夫訳、モンテ・クリスト伯岩波書店