asagao’s blog

日記と雑記、読書メモは個人的感想でネタバレ含みます。

言葉で人を刺す。

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言葉には不思議な力がある。


たった一言が人の命を救うこともあれば、


たった一言が相手の命を断つ事もある。


これは誰もが知っている事だ。


問題なのは言葉による殺人者は、多くの場合罪を問われる事が無い。

他者を自殺に追いやり、自分はなに食わぬ顔で生きている。

死ぬまでいかなくとも、ひきこもりの苦痛を与え続ける。


彼らは「自分は悪くない」と言う。

自殺する奴、引きこもる奴が弱いから悪いと言う。

では聞こう。


言葉をナイフや銃に置き換えたらどうか。

ナイフで刺して、倒れた相手にお前が弱いから悪いと言えるのか。

銃で後ろから撃って、撃たれる方にも責任があるから俺は無実だと言えるのか。

それは犯罪だ。

他者を傷つける権利など誰にも無い。

いかなる理由があろうと、殺人は許されない。

人として間違っている。

人の道を踏み外している。

だからどうしたという人間もいるだろう。
誰にもバレていないと、ほくそ笑む人間もいるだろう。


でも、これだけは言える。


自分は、自分が何をしたのか知っている。

「自分だけは騙せない。」

その事実は消えない。

消せない。



かつて、本で読んだ。
医療関係者の証言だったと思う。
人は死ぬとき、自分の人生を走馬灯のように思い出すという。
穏やかな人生を生きた人は穏やかな記憶に包まれ安らかな死を迎える。
人を苦しめて生きた者は、悪事ばかりを思いだし苦しむという。

結局、自分の生きたようにしか死ねないのだ。

誰にも分からないように人を苦しめる人間もいる。

しかし、年齢を重ねるほどにその行動は人相に現れる。

心の中で殺人する者。
言葉による見えぬ殺人をする者。
顔には全て現れる。
自分の罪を晒しながら生きるのだ。

顔つきというものは、内面を無情に語る。

それは造形の美醜ではない。
化粧や整形でも変えられないものだ。

誰にも知られていないと思っているのは、実は自分だけだ。


さあ、そんなことよりも大切なのは、
「言葉という凶器を持った殺人者」にどう対応するかだ。

「精神の切り裂き魔」

「完全犯罪」

「精神的未解決事件」

これが蔓延している。

再起不能にまで傷つけられても、損害賠償さえ求める事が出来ない現実だ。

この状況を解決するには、どうしたらいいのか。

まず、客観的に状況を把握すること。

相手が敵意を持ち、卑怯な凶器で自分を傷つけようと向かってきていると認識する。

犯罪者だと認識する。

ナイフを持った人間が近づいてきたらどうするか考えて欲しい。

逃げる!
叫ぶ!
助けを呼ぶ!
降り下ろされたナイフを弾き飛ばす!
何かを間に挟み避ける!

身を守る為に何か行動を起こすはずだ。

負傷する前に手を打たないと手遅れになる。

だから、今言葉の暴力に苦しんでいる人がいたら行動して欲しい。

逃げられる?

命より大切な物はない。
逃げられるなら、全速力で逃げて!

逃げられないなら、戦うしかない。
相手の目的は分かっている。
「殺害」
卑怯な人間は必ず、こちらに「死んで欲しい」と思っている。存在することが耐えられないと思っている。
生やさしい感覚でいじめているのではないと認識する事。

状況が把握できれば後は簡単だ。

客観的に見る。
こちらが傷つくのを期待して凶器を突きつけられたら、
「ああ、またこの言葉でどのくらい傷つくか期待しているな」と思えばいい。

言葉のナイフに、心の盾を使う。

「傷ついたふりをしてやろうか、それとも面倒だからノーリアクションにしようか。」

このくらいの余裕をみせる。

ただし!相手が暴力を振るう人間なら絶対逃げること。

言葉だけの小心者の場合は、少しでも相手が強いと認識すると手のひらをかえしたように態度が変わる。

とにかく、相手が傷つけようと思って何かを言ってきたらその通りになる必要なんてない。

「この人何がしたいんだろう?」くらいでいい。


私は、いじめる人間なんかより、いじめられる方がよっぽど人として優れていると思っている。

世界の偉人だって、苛められていた過去を乗り越えて偉大な人間になった人が沢山いる。

私も苛められた。
教師の策略で、見事なまでに底辺扱いされた。
でも、それだから見えるものもある。

優しい心を持った人や、思いやりのある子供が苛められるのを見るのは耐えられない。

人は本来「自由」なはずだ。

それは、他者を踏みつけて手に入れるものではなく、他者の幸福を保証することで、自らの幸福を保証するものにほかならない。

「自由」をはき違えてはいけない。

言葉の凶器に対抗できる強さが必要だ。
なんでもいい。

勉強でも、仕事でも。

例えば仕事は誰にも負けないとか、会社の規律を誰よりも守っているとか、相手の出来ないことを出来るようになれば、会社は雇う価値のある方に味方する。私はいつもそうしてライバルに勝ってきた。

シカトする人間には、自分は清々しい挨拶をした。
返事なんか関係ない。
相手の反応で自分の態度を変えない強さ。
正しい行動を取る人間の強さ。
まわりで見ている人にはそれだけでも、私の勝利を印象付けられる。

状況は様々で、一概にこれが最善とは言えない。

でも、みていると苛められる人ほど優しい。
優しそうだから、反撃されないと思って標的にするのもあると思う。


本来、優しさのある人ほど芯は強い。
その強さに気づいて欲しい。

「本当の自分」を覚醒させて欲しい。

実は、苦しい時はチャンスなんだ。
「本当の自分」を覚醒させるチャンスだから。
諦めないで欲しい。

とにかく、危ないなら逃げる!

逃げられないなら、客観的に見て戦う!

人間なんて結局、精神面が強い方が勝つ。

苛めに耐え続けて来た人間が一番精神が強いに決まっている。

自信を持って。

こんな苦しい時間を耐えて来たんだ、このくらいなんでもない。

私は今、そう言える。

あなたも、そうなって欲しい。

会ったこともない人から云われても、実感がわかないかも知れない。

でも、自分と同じ思いをした人がこの空の下のどこかにいると知って欲しい。

だから、書いた。

負けるものか。
「自由」を手に入れるまで。
倒れる時は、前のめりだ。

その覚悟で行こう。

迷いは今捨てて。
不安も捨てて。

一緒に前に進もう。
生きている限り、運命は変えられる。
死んだら変えられない!
だから、生きて!