asagao’s blog

asagaoの観察日記。

モンテ・クリスト伯 読書メモ53

人間に対する侮蔑、人間に対する崇拝。
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モルセール氏の舞踏会。

キラキラと輝くような恋に身を任せているマクシミリアンとヴァランティーヌ。

過去の罪を引きずりながら戦々恐々として集うヴィルフォールとタングラール夫人。

純粋に期待に胸踊らすアルベール。

参加者の関心を一身に集めるモンテ・クリスト伯

様々な人生が一堂に会する。

ここで、モンテ・クリスト伯に対する詳細な描写が入る。

勲章一つ無いフロック。
飾り気のないさっぱりした服装。
艶のない顔色。
あらゆる印象を同時に感じさせる風貌。
柔軟さと不屈。
集まる人々は、想像もつかない伯爵の過去をその様子から伺い知ろうと必死だ。

この描写の後にメルセデスと伯爵が挨拶を交わすシーンがある。
この時の演出も面白い。
暖炉に向かい伯爵に背を向けているメルセデスが、鏡に映る伯爵が自分の方へ向かってくる様子をじっと見つめている。

振り返り、伯爵の挨拶を受けるメルセデス
言葉を不要と思う二人の空気。
一瞬の間。

近づくアルベールとそちらへ向かうモンテ・クリスト伯

そして、この後の会話もデュマの価値観が垣間見えて面白い。
モルセール伯爵を取り囲んで話し込んでいる学者らを見ながら、動物実験を揶揄するようなセリフがでる。
モンテ・クリスト伯のその言葉にアルベールは笑い出す。

彼らは学術論文を書くために、兎の頭にピンをさしたり、犬の脊髄を剥がす。
しかし、それが科学に大きな貢献をもたらした訳ではない。
そうやって立派な文章を書いただけで、アカデミーの会員になることができるという結果をもたらす。この結果を見れば、苦しめられた動物達の自尊心は満足させられるだろう。

そういった会話をしているのだか、これは現代にも通じる。

必要のない動物実験、科学や医学の名の元に行われる虐待。
それは、動物達の自尊心を満足させられるだけの理由があるのか?

科学者や研究者の名誉の為だけではないのか?

動物を苦しめる実験が、人の命を救う技術を生み出すとは思えない。

動物を救う実験が、人間をも救うというなら分かる。

シャンプーや化粧品も同じだ。
成分が有毒か無毒かなんてことは、分かりきっている。それを、啼くことの出来ないウサギの目をこじ開けて点眼し、目が腐っていく様を実験するなんて。
私は以前このような記事をインターネットで見かけたとき本当に悲しく苦しかった。

日々の便利な製品や、身近な物の影に啼くことの出来ないウサギの涙が流され、心の悲鳴が響き渡っていたことに愕然とした。

デュマも、デュマの時代にあった動物実験を批判的に描いている。
私は勇気を得た。

動物を苦しめる人間がいる。

動物を苦しめることに反対する人間がいる。


デュマは描く。
底知れぬ人間への絶望と侮蔑を。

デュマは描く。
底知れぬ人間への信頼と崇拝を。


人間は価値観と行動によって、
尊くもなり、卑劣にもなる。

社会は無慈悲で、不条理に満ちている。
しかし、諦めるな。
絶望するな。進み続けよ。
例え、牢獄であろうと為すべき事はある。
困難の解決への糸口はある。

デュマの人生も波乱に満ちていた。

だからこそ描ける物語がある。