asagao’s blog

asagaoの観察日記。

モンテ・クリスト伯 読書メモ64

海へ。

 

(あらすじを含む感想です。)

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父親の過去を知ったアルベール。

モンテ・クリスト伯は浮かない様子の彼を旅へと誘う。

いつも通りの常識を超えた伯爵との旅、アルベールは疲れ果てるほど楽しむ。

 

この章は伯爵の身振りやかすかな心情が細かな描写で綴られ、その変化を読者に伝えてくれる。ここでは、冷酷な伯爵ではない人間らしさを取り戻しつつある伯爵が描かれていて、とても魅力的だ。

 

復讐を胸に秘めていた冷酷な伯爵の心に表れたわずかな変化。

 

ふり切る事が出来ないメルセデスへの愛情。

メルセデスの、息子への愛情を感じさせる言葉と伯爵への敬愛を思わせる言葉をアルベールの口から聞いた時、伯爵は思わず顔を背ける。

 

自分に親愛と敬意を表してくれる相手を傷つける事は苦しい。

しかし、仇敵に復讐するためには避けられない道だ。

 

メルセデスを許してしまえば、彼の復讐の土台が崩れてしまう。

メルセデスの行動を理解してしまえば、彼の生きている意味が揺らいでしまう。

彼は復讐するために墓場から戻ったのだから。

 

この章には、そんな迷いを断ち切るような伯爵の軽口が出てくる。

いつも変わる女ごころ、と、フランソワ1世が言っていますよ。女は波のごとし、と、シェークスピアも言っています。(略)二人とも、女というものをよく知り尽くしていたと思いますがね。※1

 

 

ここでのアルベールの反論が面白い。

 

そうです、一般の意味での女でしたら。ですが、母は一般の女ではなく、ひとりの特別な女なのです。(略)つまり母は、なかなか人に心をゆるしませんが、いったん心をゆるしたとなったら、永久変わらないということなんです。※2

 

伯爵はこの言葉にため息をつく。

まるで、まっすぐにメルセデスに見つめられているかの様に。

これは、ある意味自分の心の中にある善性との闘いとも見える。

自分は裏切られたと思っていた。

しかし、自分は愛されていたと気づいた。

仕方なかったと納得するのか、それともやはり許せないと思うのか。

 

「許せないと思わなければ」

そういった伯爵の迷いを感じさせる章だ。

 

何事も自分自身との闘い無くして、対人行動は発生しない。迷いや、ためらいを排除し、勇気を奮い起こす源泉は自分の判断を信じられるかどうかだ。


これは、正しい判断なのか。

正しい行動なのか。


自分自身がその行動を肯定できる時、人は迷いなく行動できる、と思う。

 

この物語では結局、「命乞いをする哀れな女性に、冷酷な結論を告げられるのか」という分岐点が発生する。その回答が後半のクライマックスの鍵になる。そのときに伯爵が選んだ回答は。そして、その結末は。(皮肉な事にその場面の伯爵は冷酷な復讐の亡霊から完全に人間へと蘇生している。)

 

さて、最高の余暇を過ごしているアルベールの元へ、最悪の事態を知らせる早馬が辿り着いた。

この場面で父への復讐が息子にも苦悩として降りかかる事に対し、伯爵は思わず哀れみの言葉をつぶやく。

これも伯爵の心に起きた劇的な変化だと思う。

おそらくメルセデスとの再会以来、伯爵の心は揺らぎ始めたという事なのだろう。

 

アルベールはもたらされた事実に打ちひしがれ、椅子へと倒れこんだ。

しかし、伯爵は父親の厳しさを思わせるような強い口調で馬を用意せよと命令する。

その言葉に叩き起こされるように、アルベールは我に返り立ち上がる。

この場面は伯爵の冷たさの陰に、優しさを感じさせる描写だ。

少しずつ変わっていく伯爵。絶妙な流れだと思う。

 

人は目的が無いと生きて行けない。

 

何の為に?

 

それは意外と大事な事なのだ。

 

牢獄で死を覚悟した。

 

しかし、復讐が生きる目的となった。

 

そして、彼は復讐を成し遂げる。

 

その先にあるものは?

 

 

その先の目的は?

 

この物語が長く世界中で読み継がれる理由はここにある。

 

この物語は人生そのものだ。

 

だから面白い。

 

どうすれば、人生を楽しめるのか。

どうすれば、狡猾な悪人に打ち勝つことができるのか。

何が幸福で、何が不幸なのか。

 

モンテ・クリスト伯という一人の魅力的な人物は、いわば理想の権化のような存在であると同時に、どこまでもありのままの人間でもある。

 

 ※1.2 アレクサンドル・デュマ作、山内義雄訳、「モンテ・クリスト伯」六、岩波書店