asagao’s blog

asagaoの観察日記。

モンテ・クリスト伯 読書メモ71

光の天使と闇の天使
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ヴィルフォール家に相次ぐ不審な死。
遂に死神はヴァランティーヌに狙いを定めた。

マクシミリアンは一縷の望みをかけて、モンテ・クリスト伯を訪ねる。

突如倒れたヴァランティーヌ。
救いを求めるマクシミリアン。

しかし、伯爵は全く意に介さず。

切羽詰まったマクシミリアンは誰にも知られる事の無かった秘密を叫んでしまう。

「僕は、死ぬほど愛しているのです。気のちがうほど愛しているのです。」※1

ヴィルフォールへの復讐を誓った伯爵にとって驚愕の事実。復讐を押し止めるかのようなその言葉。

復讐と恩人の板挟みに、伯爵の「何故だ!」という苛立ちの声が聞こえてくるようだ。

「言語道断!(中略)あの呪われた一族の娘が好きだとは!」※2

しかし、直後に伯爵の怒りは静まっていく。

デュマは深くは描写せず。

「光の天使と闇の天使と、そのいずれが語りかけたというのだろうか?それは、神のみぞ知る!」※3

伯爵の心中、おそらくは自らが果たせなかった恋を思った。
そして、恩人の息子の恋を成就させる事が可能であることに気づいた。
自らの使命であるとまで、思い至ったのかもしれない。


「モンテ・クリスト伯は、あらためて顔をあげた。そういう彼は、いま、目をさました子供のようにおだやかだった。」※4

マクシミリアンに安心するよう言い聞かせ、送り出し、すぐさま仕事に取りかかる。ヴァランティーヌを救出するために。


この章はマクシミリアンの一途さが光輝く。
一人の人を命懸けで愛する男。

人間本来の美しさを感じる。
崇高さと言うのだろうか。

多くの女性と恋多き人生を過ごすことが価値があると思われている現代。

一人の人だけを愛することは損な事だろうか。

一生に一人を愛すること。

命懸けで愛すること。

自身の全てを捧げ、全身全霊で一人をこの上なく愛する事は不幸だろうか。

実は、みな知らないのだ。

本当に人を愛するという事が、どれほど幸福か。

沢山の恋愛を出来ないからと言って、悲しむ必要はない。そんなものは降り注ぐ雨のようなもの。

今、愛する人がいなくても、悲しむ必要はない。

生きるために必要な、永久に美しい湧き水に出会うために旅をしていると思えばいい。

物語として眺める時、人の一生は道理に叶った生き方が一番面白い。

富と名声を持ち、多くの女性と遊び回るアルベールやフランツは結局「脇役」なのだ、読者はそこに魅力は感じない。

人生と真摯に向かい合い、生き、命懸けで一人の女性を愛する。

そこには、一流の男の魅力がある。

男性が、女性を追いかけ回している事ほど情けない姿はない。
男性は、仕事や人生を追及するとき、その魅力は最大値を叩き出す。
そんな男性の側には、求めずして一流の女性がよりそう。

例えばエデのような。

世の中には、様々な人がいる。
メルセデスのように裏切る女もいれば、決して一人の男を裏切らない女もいる。

恋愛は一流の人格を持つ人を選ばなければ、必ず後悔する。

地位や財産、名声、見た目、学歴、血筋は全く関係ない。

人としてどうか。

相手を尊重できるかどうかだ。

恋愛は人生を左右する。

決して自己中心的な人に振り回され、人生を捨てるような事になってはいけない。

自分を愛し、人を愛する。
自分も相手も幸福だと言える恋愛をするべきだと、私は思う。

※1~4 アレクサンドル・デュマ作、山内義雄訳、「モンテ・クリスト伯」 六 岩波書店