asagao’s blog

asagaoの観察日記。

モンテ・クリスト伯 読書メモ72

父と娘。
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時間を巻き戻し、ダングラール邸。

突然の娘の呼び出しに、憮然として客間で待つダングラール。

ダングラールにとって破産を逃れる唯一の術が、娘の結婚だった。

しかし、ユージェニーは結婚しないと断言する。

自分の美しさ、才能、財産を鼻にかけ父を侮辱する娘。

そんな娘を殴り倒したい衝動にかられるダングラール。

仮面の家族は人生の岐路に焦り、互いを侮辱し、不満をぶつけ合う。

本来の家族とは、かけ離れた姿。

「自分は誰からも愛されなかった!
だから、誰も愛さない!」

悲痛な娘の告白に対し、後悔どころか「それでは私を破産させるのか!」と怒りをあらわにする父親。

お互いの苦しみに思いやりのカケラもなく、全く噛み合わない対話が続く。


金で買った家庭。

不倫する母。

芸術を愛する娘。

自分を守るだけの父。

見事なまでにバラバラな家族。

愛がない家庭。

苛立ちと憎しみばかりが募る。

悲しい家庭だ。
誰一人幸福な人はいない。
地位、名誉、財産、若さ、美しさ、才能、恋人、それら全てを持っていても幸福とは言えない。

幸福とはなんだろう。

その実態は何か。

人は心が満たされなければ、幸福になれない。

物や、環境、他者からの称賛、そんなものでは幸福になれない。
今、自分が幸福を感じる為に必要な物は何か。

自分が存在することの意味を、体感できるかどうかだ。

自分にはやらなければならない事がある。
自分にはどうしてもやりたい事がある。

使命感というのだろうか。
例えば愛する家族の為。
例えば、自分の特技で救える人がいる。
自分を必要としてくれる人がいる。

自分の命を燃焼させ、生きなければならないと思える「何か」を手にしている人は幸福だ。

自分が「良し!」と称賛できる自分自身であること。

自分がどこまでも自分らしく生きること。

木が木としての使命を果たす。

虫が飛び交い、鳥が歌う。

川は流れ、雨は降り注ぐ。

タンポポは綿毛を飛ばし、私は仕事をする。

それぞれが、誰に気兼ねする事なく、生き生きと自分の特質のままに生きる事で世界は回る。

全ての生命が、それぞれの使命を果たす事は、世界を支える事になっている。

どんなに小さな微生物でも、存在することには意味があり、何か1つ欠けても世界は崩壊してしまう。

そのくらい「かけがえのない命」に満たされ、世界は成り立っている。

逆を言えば、それほど無数の生命に支えられ生きているのだから、自分も何かをしなければならないとは思えないだろうか。

生き生きと自信を持って自分らしく生きる事は、この世界のルールなのだと思う。
それが使命なのだとも思う。

そして、それが幸福へのヒント、近道、キーワードではなかろうか。


さて、モンテ・クリスト伯の巧妙な財産削りで、既に他人の預金にまで手をつけたダングラールは、どうにかユージェニーを納得させ、結婚のサインまでは約束させた。
しかし、そのあとは自由にすると意味ありげなユージェニー。

ダンテスを陥れ自らの望むものを貪欲にかき集めたダングラールだったが、結局は寄せ集めの幸福。
見せかけの幸福だった。

それは、モンテ・クリスト伯がパリへ訪れた当初から垣間見られた様子だったが、ついにそれが表面化した。

今はただ、地位と名誉にしがみつき、握りしめた金を手放したくないダングラール。

単純で幼稚。
幼い子供の癇癪のような、ささやかな抵抗。

モンテ・クリスト伯は、それをじっと眺めつつ、最後の駒を手にする。