asagao’s blog

日記と雑記、読書メモは個人的感想でネタバレ含みます。

モンテ・クリスト伯 読書メモ74

レオン・ダルミイー
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驚愕の事実に一挙に空となるダングラール邸。

警部への陳述のため、ダングラールは事務室へ。

夫人は化粧室でおびえている。

ユージェニーは、ダルミイー嬢と自室で淡々と語り合う。

「男っていうものは、誰も彼もが恥知らずよ。」※1

アルベールとカヴァルカンティ。
共に恥ずべき素性を世間に広める事になった婚約者二人。

ユージェニーは侮蔑の色を隠しもしない。

これは、母が父を敬わない家庭で育てば、男性に対する尊敬を持つことが難しい事を示し、更には父からの愛情を受けずに育てば、男性からの愛情を理解できない事を示唆する。

つまり、ユージェニーにとって男性とは人生に置いて障壁でしかない。
必要無い存在なのだ。

彼女にとって価値のあるもの。

生きる喜び、楽しみ、満足感を与えるもの。

それは、芸術だった。

果たして、それは幸か不幸か。

この章を読む限り、それは彼女にとって最大の幸福に違いなかった。


ユージェニーは密かに計画していた家出を、混乱に乗じて今夜決行しようとダルミイー嬢に告げる。


「それはあの芸術家の生活、自由な、なにものにもとらわれることのない生活、自分だけが責任をもち、自分だけのことしか考えないですむような生活。」※2

彼女にとっては自由の名のもとに手にする芸術こそが、人生において最も価値のあるものだと宣言する。
その価値ある自由を手にするために、どうしても必要なのが旅行免状だった。


ダルミイー嬢は、モンテ・クリスト伯に依頼したことをユージェニーへ語る。
伯爵は旅の安全を考え、男性の旅行免状を用意した。
ユージェニーは喜びに目を輝かせる。
なんの未練もなく艶やかな黒髪を切り落とし、男装すると、荷物をまとめ家を出た。

途中、買収した洗濯女に駅馬車を呼びに行かせ、嘘の目的地を告げる。

不思議がるダルミイー嬢へ、馬車の中で一言。

「わたしたちから二十ルイもらった女だったら四十ルイもらえば寝がえりをうつかもしれやしないわ。」※3

生き生きとして、ダングラールの娘とは別人のようなユージェニー。
その賢さは、自由へと駆け出した心の躍動が伝わって来るようだ。

この章では、女性の幸福とは何かを考えさせられる。

いわば心に傷を負い、男性を愛するという感情そのものが欠落しているようなユージェニー。

社交界では尊大で冷たく人形の様だった為に、人としての魅力が全く感じられなかったユージェニーが「自由」と「芸術」というキーワードを手にした瞬間一変する。
血が通い始め、喜びに輝く顔が見える様だ。

幸福が、判で押したように1つではない事の証明でもある。

デュマが生きた時代。

女性が結婚以外の幸福を求める事は、異端であったに違いない。

しかし、デュマは喜びに輝くユージェニーを描いた。

これは驚嘆に値する。

デュマは、モンテ・クリスト伯の中で、誰よりも公平に人を描いている。

そこには、差別が全く無い。

黒人、白人、黄色人種、執事、議員、使用人、男性、女性、老人、子供。

恐ろしいほどの観察眼で、生き生きとありのままに描く。

根本的な点はただ1つ。

同じ人間であること。

平等であること。

年長者には敬意を。年少者には慈しみを。

罪を描き、罰を描く。

正義をたたえ、善行を示す。

デュマのこの物語に対する深い熱意と愛情を感じずにはいられない。

だからこそ、人間の尊厳と希望を奮い起こす物語として、長い時の中でも埋もれることなく読み継がれているのだと思う。



さて、ユージェニーは馬車が大通りへ出てから本来の行先を告げ、二人は難なくパリを脱出した。

こうして、警部への陳述の間にダングラールは、最後の切り札を失ってしまった。

※1~3 アレクサンドル・デュマ作、山内義雄訳、モンテ・クリスト伯六 岩波書店