asagao’s blog

asagaoの観察日記。

モンテ・クリスト伯 読書メモ78

父として。
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伯爵が去った後も、ヴァランティーヌは自分を殺害しようとする人間がいる事を信じることが出来ない。

しかし、それが事実で実行されたとしたら。

「マクシミリアンに2度と会えなくなる」、そう思い至って初めてヴァランティーヌは恐怖を感じる。

人は不思議なもので、自分個人よりも大切な人との関わりを優先して考えてしまう。
優しい人ほど、自分以外を優先する。
しかも、それ故に強い。
大切な人の為に、死ぬわけにはいかないとか、負けるわけにはいかないとか、人生の岐路で勇気ある一歩を踏み出せる人は、必ず誰かを守ろうとしている人だ。

人は一人だと簡単に諦めてしまう。
立ち上がる力が出ない。

これは本当に不思議だ。

守ると言ったが、必ずしも守るだけにとどまらない。

あの人との約束。

この子の為に。

亡き父母が、きっと見ていてくれる。

好きだったあの人に、変わった自分を見せたい。

何でもいい。

大切な誰かへの「想い」。

それが人生を良い方向へ導く。
生きよう、立ち上がろうと勇気を与えてくれる。

私は、それが一方的な「想い」でも良いと思っている。

体に食物が必要なように心にも栄養が必要なのだ。

人は、誰かの為に生きようとする時、乾いた砂に水が涌き出る様に、力を発揮することが出来る。

本当に強い人は、この心の泉を持っている人だ。


生きるために、
心に外から栄養を与えるものは読書であり、心に内から栄養を涌き出させるものは、他者への愛情ではないだろうか。

人は生まれた時から、世界に支えられている。

例えば産着は、異国の誰かが綿を摘み、布を織り、縫製し、運び、販売され、父母がそれをあなたに着せた。

今日食べる食事、身を横たえるベッド。

蜂が花粉を運び、世界に植物が繁る。

ミミズが土を耕し、人がそこに畑を作る。

何もかもが他者によって支えられている。

だから、人も又、他者の為に生きようとするのは自然なことなのだ。
この世の中の見えざるルールに従うから、自然と力が出るのでは無いだろうか。

生きるために必要なもの全てを、世界から受けとるだけ受け取って、自分は他者の為に何もしない。
それどころか、自分の幸せのみを追いかけ、家族すら大切に出来ない人間もいる。

それはルール違反だと思う。

この世界には見えないルールがある。
私は、そう思っている。

太陽は同じ方向に回る。
重力があるから物は落ちる。

ルールに従って生きれば幸福になり、
ルールに違反すれば不幸になる。

違うだろうか。

少なくとも、私はこの世界のかかわり合い、助け合い、つながり合っているルールを破りたくはない。

少なくとも、自分に関わりのある人の為に、何かをしたいと思っている。

さて、マクシミリアンの為に、この窮地をなんとかしなければと必死に考え始めたヴァランティーヌ。

早鐘のような鼓動を抱え、暗殺者の訪れを待つ。
時を刻む振り子の音。
微かな足音、きしむ音と共に開かれた扉。

空のコップに注がれる毒薬。
犯人の顔が見える。

やがて音もたてずに去っていく殺人犯。

恐怖の時を乗り越えたヴァランティーヌの元に、再び伯爵が姿を表す。


「これでも疑っておいでですか?」(中略)「でも、まだ信じる気持ちになれませんの。」※1

その目で見ても、まだ信じられないヴァランティーヌ。

その理由が善人らしい。
「なにも悪い事なんかしませんでしたもの。」※2

自分を殺害しようとする人物に対して、何も悪いことはしていない、自分の身は潔白だ。
自分が悪意を向けられる理由が無いという自信。

こんなに親しく接している。
こんなに親切に接している。
だから、あの人が私に対して影で悪口を言っている訳が無い。

これが典型的な善人の思考だと思う。

ここから一歩前進しなければならない。

私は、いつも仲良く遊んでいる友人同士が、影で悪口を言っているのを見たことがある。
時には教室の机に悪口がかかれていたのも見たことがある。
一番の友人が夫の浮気相手だったという事実も見た。

なぜ分からないのか。

それは、その人が現代のヴァランティーヌだからなのだ。

私は、悪いことをしていません。
だから、憎まれたり苦しめられるような事をされる訳が無い。

ヴァランティーヌは、伯爵から懇切丁寧に、あなたの遺産が目当てなのだと説明され、ようやく納得する。

遺産にかかわらず、人に害意を持つ者は、自分に無い物を一つでも持っていれば、それが憎しみの原因になる。

例えば、自分より肌が綺麗だとか、良いバックを持っている、彼氏がカッコいい、成績が良いなど。
聞けば下らない理由が多い。

しかし、用心しなければならない。
そんな些細なきっかけで、激しい憎しみや嫉妬、果ては相手の幸福の破壊を真剣に考え始める人間がいることを。

人間不信になりそうな話だと思うかもしれない。

ここで、これに対する伯爵の言葉が温かい。

「しかしだいじょうぶ。というのは、このわたしは、陰謀の全部をちゃんと見ぬいているのですから。だいじょうぶ。いったんそれを見ぬいた以上、こっちの勝にきまっています。だいじょうぶ。」※3

「だいじょうぶ」という、言葉が繰り返される。

そして、「見抜けば勝つ」と教えている。

目にうつる事実に惑わされるな、真実を見抜け。
細心の用心で見抜けば勝てる。
これが人生を勝つ為のキーワードだと思う。

そして、覚悟を決めたヴァランティーヌ。
この絶望的な状況から逃れるため、世にも恐ろしい計画を聞く。
伯爵から差し出された薬を受け取り、それを口にした。

「だいじょうぶ。(中略)どんなことが起ころうと、けっしておそれないことをお約束しますわ。」※4

そして、彼女は眠りに落ちた。

この「だいじょうぶ」という言葉。

「どんなことがあろうとおそれない」。

万感を込めた、デュマの声と思われる。

父のようなデュマの、ヴァランティーヌのような読者への忠告。

この物語を貫く一つのテーマ。

「悪事を見抜けば勝つ」。

私は、この章に特別な感慨を持っている。

※1~4 アレクサンドル・デュマ作、山内義雄訳、モンテ・クリスト伯 七、岩波書店