asagao’s blog

asagaoの観察日記。

70代が恋愛を謳歌しているのに、40代(自分)は苦戦し続けるのか。

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今や中高年が恋愛を謳歌する時代。
老人ホームでも恋の花が咲いているというのに、何故か40代の私は婚活地獄に陥っている。

これは、絶対メディアのせいだと思うんですよ。
(のっけから人のせいにしてみる。)


私たちの世代は育つ時、テレビや漫画の全盛期。

だから恋愛の「理想形」が刷り込まれている。(と感じている。)

例えば、
見た目が普通で、ちょっとおしゃれで頼れる男性。

ヘアメイクは平均以上、性格が良くて若い女性。

それらが、いつの間にか頭の中に刷り込まれていて、そのフンワリしたイメージをクリアしている人はすんなり結婚できる。

会った瞬間互いに「素敵!」「かわいい!」といった具合に。


でも、その基本をクリア出来ない人は、内面とか隠されたスキルとかを披露する前に、シャットアウトされてしまう。もう、即。
絶対そう。

「あ。ラインを越えていない。」

みたいな。エリートリア充の放つ無言のプレッシャーを感じる。(シャットアウトされる側なもので)

顔の作り以前に、雰囲気ですね。
だから、対応が相手の髪型や服装で変化する。




なんとなく、その壁を感じるんですよ。

みなさん感じませんか?感じない?私だけ?



自信とかも大事ですけど、その自信の根源も「自分はライン越えてるから」みたいな。

何のラインだよ!ってツッコミたくなるけど。


恋愛できる人と、出来ない人の境界=ライン。


人は見た目が9割だとすると、

人は見た目が9割 (新潮新書)

人は見た目が9割 (新潮新書)


ファッションアドバイザーに服を選んでもらって、美容師に最新の髪型にしてもらって、爪とか歯磨きとか身だしなみ全般完璧にしますよね。
ブランド品とか身につけて。
そして、暗示をかけて自信満々にしますよね。

それで、合コン行ったらモテますよ。

そんな感じしませんか?


そういう呪縛をかけられているのが、現40代なんじゃなかろうかと。


そう、メディアの「呪い」です。(完全に人のせい)



メディアの刷り込みで、ヒヨコみたいにそれを追いかけているんですよ。


自分の心にふと出てくるライン。

そのラインで計られることに苛立ち。

さらには自分もそのラインを持っている事に苛立つ。


昭和初期までの日本は良かったなぁ。
老人を敬う若者。
父母に敬意を持って敬語で話す娘たち。
どこにいったんだー!!



恋愛はファッションになってしまったんですよ。

相手をじかに見る前に、相手の表面を見ている。


だから、そのファッションをうまくまとえない人は結婚のスタートラインに立てない。


でも、ここで、そのファッションや流行、囚われなければならない全ての理想の呪縛から解放されし者がいるんです。




つまり、勇者70代の登場です。


ここで、原点に帰ってみる。


目の前にいる、この人と残りの人生を共に過ごしたいという気持ち。
本当に一人の人が一人の人に向き合い、相手を大切にして、お互いを慈しみ合おうとする。


これぞ、本来の恋愛。


この年齢じゃ子供生めないとか、子供育つ前に定年しちゃうとか、見た目がライン越えてないから友達に紹介出来ないとか、関係ないんですよ。


相手が大事。

人の目なんか関係ない。


二人の人生が大事。


今日一緒にご飯を食べて笑いあって、辛いことに2人で涙して、テレビを一緒に見て、夜「おやすみ」を言う。

それで、いいんですよね。

これが、本来の恋愛で、結婚の本質。



しかし、結局リアルな話、男性は20代を追いかけ続け、女性は年収を追いかけ続けて、双方真逆に走っていってしまうのを見て絶望感に囚われる。




でも、世の中100%そんな人達ばかりじゃ無いでしょう。

70代の恋愛みたいに、多くは望まない、これからの人生を二人で助け合い、補い合いながら楽しく生きていけたらと思っている人もいると思うんです。

その人達をどうやって出会わせるのか。

私も含め。

大体そういう人って、特別おしゃれじゃないし、口べただし、でしゃばらないし、人との付き合いは出来るだけ避ける傾向にあるし。


お見合いサイトとか、婚活サイトを検索してみるけど登録は出来ないし。


婚活してる人のブログ読んで一喜一憂してみたり。


ネガティブな書き込み見て、ガッカリして、絶望してスマホ消して寝るみたいなことしてるんですよ。



まあ全部私ですけどね。


どうにか、こういう内気でラインを越えられない人を、ラインを越えられるようにしてくれるサイトとか、出会いの場を提供してくれるイベントは無いものですかね。